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大津家庭裁判所 昭和58年(家)607号 審判

主文

1  相手方は申立人秋川信子に対し金168万0184円を支払え。

2  申立人秋川芳子の申立を却下する。

理由

I1  申立の趣旨

相手方は申立人らに対し毎月相当額の扶養料を支払え。

2  申立の趣旨に関する当事者双方の主張

(1)  申立人ら

相手方は、申立人らの父であるが、申立人らの母清水(現姓秋川)豊子(以下「豊子」という)と相手方とは離婚を求めて係争中である。

申立人らは出生後主として相手方の収入によってその生活を保持してきたものであるが、相手方は、昭和53年5月に相手方と豊子とが別居状態に入った後には、豊子と生活している申立人らに対して生活費を入れるのを怠りがちになり、昭和57年11月からは一切扶養料を入れなくなった。

なお、昭和57年11月から平成元年10月までに要した申立人らの扶養料は、申立人芳子につき別表I(編略)の1、2記載のとおりであり、また申立人信子につき別表II(編略)の1、2記載のとおりである。

よって、申立人らは、相手方が申立人らに対して毎月相当額の扶養料を支払うことを求める。

(2)  相手方

申立人秋川(旧姓清水)芳子(以下「申立人芳子」という)は昭和63年2月25日満20歳になり、自活能力があるものとみられるものであるから、その後の同申立人に対する扶養義務については疑義がある。

また、およそ扶養の必要性は時々刻々発生し消滅するものであって、扶養権利者の需要・扶養義務者の資力その他諸般の事情により、扶養の要否、その方法、程度が判明するものであり(民法879条)、過去の扶養料については、扶養義務は目的の消滅によって消滅しており、従って扶養権利者から扶養料の具体的内容について請求があった時を基準としてその時以後の過去の扶養料のみを請求し得ることとなる。本件においては、申立の趣旨には扶養の時期・金額等につき何等触れることなく、単に扶養の時期・金額・費目等を適宜羅列し、これを相手方にのみ支出させるのは時機を失した不当のものである。

豊子は申立人ら主張の扶養期間中及びそれ以前から相手方から不正に取り込んだ巨額の金5445万1000円以上の金員(内金4612万6000円は豊子が違法領得した金員)を有しているものであるのに反して、相手方は上記のとおり豊子に着服されて殆ど無資力となり、相手方が居住している新築家屋でさえ豊子らが不法に領得しようと企図しているありさまであるから、相手方が支出する要はない。

扶養の方法についても豊子から何等の相談もなく、親権を濫用し、見栄もあって豊子の思うままに子の監護養育をし、申立人らの進学についても相手方には一言の相談もなかったものであって、申立人ら主張の出費のうちには身分不相応なものもあって妥当性を欠くものがある。

また豊子が長期間に亘って相手方を除外して申立人らと別室で寝食を共にし、申立人らの扶養料を自ら支出しているのは、相手方の申立人らに対する扶養義務を免除したものである。

豊子の申立人らの扶養料請求権の行使は、信義誠実にもとる反社会的処置であって、権利の濫用に当たるものである(民法1条、1条の2)

申立人信子は相手方を嫌いだ会いたくないといい、申立人芳子も同様の心境にあるものと推測し得るが、かかる事態において、申立人らが相手方に対して自己の扶養料を請求するのは権利の濫用である。

II  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

相手方(医師)と豊子(薬剤師)とは、昭和42年5月30日夫の氏清水を称する婚姻の届出をなし、昭和43年2月25日長女である申立人芳子を、昭和46年4月25日次女である申立人信子を、それぞれもうけた夫婦であったが、昭和52年7月に相手方の母(清水茂子)が死亡したことを契機に、相手方がかねて懸案のその父(清水安吉)の居住する武生市へ豊子や申立人らと共に転居する話しを持ち出し、豊子がこれを望まなかったことなどから不和となり、相手方が提起(本訴)した離婚訴訟につきなされた離婚認容の判決が平成元年6月22日確定したことによって離婚したこと、

申立人芳子(昭和63年2月25日成年)は同判決確定後である平成元年8月14日その氏を父である相手方の氏「清水」から母である豊子の氏「秋川」に変更し、申立人信子は、未成年者であって親権者の指定を要するところ同判決によって豊子が親権者と定められ、申立人芳子と同様に、氏を「清水」から「秋川」に変更したこと、

申立人らは、相手方と豊子とが不和となるまでは、豊子の父(秋川義郎)が所有し相手方が賃借している宅地(相手方肩書住所地所在)上に相手方名義で建築した家屋において、父母である相手方と豊子と共に円満な親子として同居生活を営んでいたが、昭和52年7月末頃から、同家屋に居住しながら、豊子が相手方とは寝食を共にせず、且つ申立人らが母である豊子に伴われていたことから、相手方とは寝食を共にしなくなり、更に昭和58年3月頃から、豊子と共に豊子の父宅(申立人ら肩書住所地所在)に居住するようになって相手方と別居するに至り、相手方と豊子との前記離婚後も相手方との別居を継続し、相手方との交流を望まないのみならず、相手方に対する愛情を欠き嫌悪感さえ抱いている反面、豊子との生活に満足していること、

相手方、豊子、申立人らの家庭は、専ら医師である相手方の収入に基づいて維持され、相手方と豊子や申立人らとが別居するようになった後においても、相手方は豊子や申立人らの生活費として月額金20万円を支給していたが、後に認定のとおり、相手方が豊子や申立人ら名義で行っていた預金を豊子が相手方に無断で払い戻しを受けていたことに気付いたことなどから、相手方は昭和57年11月から上記生活費を全く支給しなくなったこと、

相手方は、同月当時、○○病院(京都市○○区所在)や○○センターに勤務するほか、上記相手方名義の家屋の一部で夜間診療を行うなどして、月額約100万円(但し、所得税等の租税や諸経費等の控除前の金額)の収入を得、また上記○○病院から、昭和62年12月には所得税その他の諸控除分を控除した後の給与として金83万4754円(乙第61号証の1参照)を、また昭和63年1月には同様の給与として金72万5181円(乙第62号証の1参照)を、それぞれ得ていること、

申立人芳子は、昭和55年4月に○○大学付属中学校へ、昭和58年4月に滋賀県立○○高等学校へ、昭和61年4月に○○薬科大学へそれぞれ入学して現在に至っているものであり、また申立人信子は、昭和53年4月に○○大学付属小学校へ、昭和59年4月に同学付属中学校へ、昭和62年4月に滋賀県立○○高等学校へそれぞれ入学して現在に至っているものであるが、昭和57年11月から平成元年10月までの間に豊子が支出した申立人らの扶養料の額は、申立人芳子については別表Iの1、2記載のとおりであり、また申立人信子については別表IIの1、2記載のとおりであること、

豊子は、昭和53年11月23日、相手方が○○信託銀行京都支店において豊子や申立人らの名義で行っていた貸付信託や金銭信託(清水トヨ子名義のもの金161万4870円、申立人芳子名義のもの合計金206万3156円、申立人信子名義のもの合計金169万9248円)を、相手方に無断で払い戻しを受け、○○銀行大津支店の清水トヨ子(即ち、豊子)名義の総合口座に預金していること、

2  ところで、いわゆる生活保持義務として、親は未成熟子の養育につき、子が親自身の生活と同一水準の生活を保障する義務があるとされるのは、親子の関係が、親子関係が他の親族に対する関係よりも深い愛情と信頼との上に成り立つ親密な関係であることにもよるものというべきところ、上記認定の事実によれば、相手方は、申立人らの父として、相手方と豊子との夫婦関係が円満であり、従ってまた相手方と申立人らとの父子関係が愛情と信頼との上に成り立つ親密な関係にあったとすれば、相手方の上記認定の収入状況からすれば、昭和57年11月以降の申立人らの扶養料についても、相手方の生活程度と同等の生活を保持するものとして、全額支出していたものと容易に推認されるところであるが、相手方と豊子とが昭和52年7月頃から不和となった挙げ句に離婚判決の確定によって離婚するに至り、この間に相手方とは別居し豊子と同居していた申立人らが、相手方との交流を望まないのみならず、相手方に対する愛情を欠き嫌悪感さえ抱くに至った状態となってきていることを考慮すると、相手方に対して前認定の申立人らに要する扶養料全額を負担させるのは相当ではなく、相手方が申立人らの扶養料を支払わなくなった昭和57年11月から申立人らそれぞれが未成熟の域を脱するものというべき高等学校卒業(若しくは卒業予定)の月までの扶養料について、その5割を負担させるのが相当である。

そうすると、相手方は、申立人芳子については、○○高等学校在校中の昭和57年11月から同高等学校卒業の月である昭和61年3月までの期間内の扶養料の合計金395万0530円の5割である金197万5266円(別紙計算書(一)(編略)参照)を、また申立人信子については、○○大学付属小学校在校中の昭和57年11月から○○高等学校卒業予定の月である平成2年3月までの期間内の扶養料合計金675万8865円の5割である金337万9432円(別紙計算書(二)(編略)参照)を、それぞれ負担すべきこととなるが、前認定の豊子が払い戻しを受けて○○銀行大津支店のトヨ子名義の総合口座に預金した金員のうち、申立人芳子名義の貸付信託等相当額である金206万3156円については相手方が負担すべき申立人芳子の扶養料金197万5265円に当てるのが相当であり、また申立人信子の貸付信託等相当額である金169万9248円については相手方が負担すべき申立人信子の扶養料金337万9432円に当てるのが相当であるところ、申立人芳子名義の貸付信託等相当額は相手方が負担すべき申立人芳子の扶養料の額を金8万7891円だけ越えていることになるから、結局相手方が申立人芳子の扶養料として負担すべき分はなく、また相手方が負担すべき申立人信子の扶養料の額が申立人信子名義の貸付信託等相当額との差額が金168万0184円であるから、相手方が申立人信子の扶養料として負担し支払うべき分は金168万0184円となるものというべきである(なお、相手方は過去の扶養料については目的の消滅により請求し得ない旨主張するが、扶養権利者たる子が扶養を要する状態にあり、扶養義務者たる親に扶養能力がある限り、相当な範囲内で過去に遡った分についても扶養料の支払を求め得るものとするのが相当であり、また相手方は本件申立の趣旨において扶養の時期・金額等に触れていないことが不当である旨主張するが、非訟事件である家事審判事件の申立の趣旨において具体的に扶養の時期・金額等を記載する要はないものというべきところであり、また相手方は豊子が巨額の金員を着服したことによって相手方が無資力となった旨主張するが、同主張事実を肯認し難く、また相手方は申立人らが相手方の申立人らに対する扶養義務を免除した旨主張するが、同主張事実を肯認し難く、また相手方は、豊子が申立人らの扶養料請求権を行使するのは、信義誠実にもとる反社会的処置であって、権利の濫用に当たるものである旨主張するが、豊子が申立人信子の親権者として(なお、申立人芳子は既に成年に達しているため、豊子は、現在においては、申立人芳子の親権者ではない)同申立人の扶養料を請求したからといって信義誠実にもとる反社会的処置にあたるとか、権利の濫用に当たるものとはいい得ず、また相手方は、申立人らが相手方に対して扶養料を請求するのは権利の濫用である旨主張するが、申立人らに相手方に対する愛情が欠けているからといって、上記のとおり、これは扶養料の額を定めるについて考慮すべき事由と解するのが相当であって、直ちに申立人らが相手方に対して扶養料を請求するのが権利の濫用に当たるものとはいい難いところである)。

よって、主文のとおり審判する。

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